見えないものを視覚化して患者の予後改善に貢献したい:Conor Evans博士へのインタビュー

Conor Evans

Kerry Israel

Kerry Israel

2021年 10月 19日

Conor L. Evans博士は教授、研究者、そして顕微鏡観察の専門家として、自身の知識と経験を、患者ケアのための新たな光学およびイメージングツールの開発に応用しています。この度、博士とお話する機会を得て、研究者としてのこれまでの歩み、研究における顕微鏡観察の重要性、医学と生物学の課題を解決するためのイメージングシステム活用法について伺いました。

Conor L. Evans博士について

Conor Evans博士は、ブラウン大学で化学物理学の学士号、ハーバード大学で化学の博士号を取得されました。現在は、ハーバード大学医学大学院の准教授、ハーバード大学生物物理学プログラムの提携教員、そしてLaser Biomedical Research Centerの教員を務めています。

またConor博士は、マサチューセッツ総合病院(MGH)のWellman Center for PhotomedicineでEvans研究室を指導しています。研究室では、患者ケアで満たされていないニーズに対処するべく、隠れた情報の検出、測定、定量化を行うためのさまざまな顕微鏡ツールや観察方法を開発し、使用しています。博士は研究室での革新的な研究によって数々の賞を受賞し、技術を診療に結び付ける取り組みで特許も保有されています。

Q:化学物理学と化学の2分野でキャリアを積まれていますが、患者ケア関連の研究に重きを置くまでの歩みはどのようなものでしたか?また顕微鏡観察については、どのように学ばれたのでしょうか?

A:私は生物医学にずっと関心があって、化学や物理化学に心を奪われる前は神経科学の学位を取得しようと考えていました。しかし、実際に博士課程が始まってみると、物理化学のように大きな問題の解決への架け橋となりうるような、応用的な複数の分野にまたがる研究をしたくなりました。

ハーバード大ではSunney Xie先生の研究室に加わり、コヒーレント反ストークスラマン散乱(CARS)を生物医学向けの顕微鏡観察法に取り入れる開発チームの一員として、素晴らしい研究に携わることができました。Sunney研究室では、幸運にもポスドク時代のEric Potma博士と協力して研究していたのですが、私の顕微鏡観察に関する知識の大半を授けてくれたのが彼でした。Ericと一緒に組み立てては壊し、また組み立てた顕微鏡は、3年間で15台ほどあったと思います。

さらに、ある2つの出来事が学術的な化学研究から現在のキャリアへ転換する後押しをしてくれました。1つ目は、Sunney先生が私の興味が応用研究にあると理解し、CARS顕微鏡観察の医学的応用の探求を勧めてくれたことです。私が夢中になるのに時間はかかりませんでした。2つ目は、救急医療医師になった私の兄の影響です。患者ケアに対する兄の情熱を見て、思い切ってマサチューセッツ総合病院(MGH)のポスドクになる決心をしました。私はそこで初めて、患者を中心とした研究を行う機会を持ちました。

Q:研究室で重点を置いている領域について教えてください。各研究プログラムを通じて、どのようなことを達成したいと考えていますか?

1. 酸素センサー

A:私の研究室で取り組んでいる酸素センサーの研究では、pO2としてよく知られる組織酸素濃度を定量的に測定するための、新しいツールキットの開発に注力しています。この研究プログラムはがん治療の課題を受けて始まりましたが、私がSan Antonio Medical CenterのCenter for the Intrepidを訪れたのをきっかけに、フォーカスする対象が変わりました。

傷を負った兵士に会い、数えきれない治療の課題を知ったチームの仲間と私は、患者ケアに直接応用可能な酸素分子センサーを開発する研究プログラムを立ち上げることになりました。チーム内のManolis Rousakis先生と一緒に、超高輝度ポルフィリン酸素センサーファミリーを作り、これらのセンサーをさまざまな材料や形状に組み込み、接合して、組織の酸素を直接観察および定量化する方法を編み出しました。

作成した中には、フィルム、塗装やスプレーが可能な包帯、ハイドロゲル包帯材料、ウェアラブルセンサーのほか、最近では針やカテーテルを用いたセンサーがあり、どれもさまざまな患者や兵士の医療ニーズをターゲットとしています。現在は民間企業と手を組み、患者の健康を改善するため、これらの技術を実際の製品へと結び付けています。

2. 生体内での薬剤取り込みと治療効果を視覚化および測定するツール

A:薬剤開発の主な課題の1つに、薬剤が細胞および細胞内標的に実際に届いていることの確認があります。バイオ医薬品のように大きい分子は容易に標識できますが、小分子薬剤は難しい場合があります。従来の標識は分子自体より大きく、薬物動態が完全に変わってしまう可能性があるからです。X線標識や質量分析法などの方法では薬剤取り込みへの洞察が得られるものの、臨床研究に向かなかったり生検を必要としたりします。

私たちが興味を持っているのは、蛍光パラメーターや化学振動といった分子の固有特性を利用する、薬剤イメージングと定量化が可能な手法です。現在、皮膚外用剤の定量化アプリケーションと共に蛍光寿命とコヒーレントラマンイメージング法を用いたイメージング法を開発しています。民間企業や米国食品医薬品局(FDA)と密に協力して、バイオアベイラビリティと生物学的同等性を測定するための、新たなコヒーレントラマンイメージング法を作成中です。特に生物学的同等性の測定法は、ジェネリック局所用薬剤の開発にとって重要な役割を果たします。

これらのツールを研究所から診療所に移すため、カートを使ったコヒーレントラマンシステムを構築しました。数か月の内に、初めての人への臨床研究に入ります。私たちが目指しているのは、薬剤取り込みの観察と治療効果を組み合わせて、薬物治療反応を細胞から組織レベルの包括的に理解することです。この臨床イメージング法は、健康な人と病気の患者の双方で薬剤取り込みを直接評価し、よりよい治療法を構築するための第一歩であると考えています。

3. ディープラーニング画像解析

A:ディープラーニングは、画像解析と信号解析のどちらにおいても、大きな課題のいくつかを克服する素晴らしい働きをしてくれています。私たちの顕微鏡とセンサーからは、膨大な量のデータが生み出されます。ときには1日に数百ギガバイトにも上りますが、そのすべてが自動解析に回されます。

大量の画像データを1人で、あるいは科学者チームでも、手動で分類するのは不可能です。マシンビジョンとコンピューター解析法による作業は効果的ですが、失敗があったり解析にバイアスが入り込んだりする場合があり、不満に思っていました。特に、画像をぱっと見ただけですぐ正誤が分かる場合はそうでした。

ディープラーニングでは、経験と知識をコンピューターに組み込んで、複雑な解析作業が完全に自動化できます。ディープラーニングの応用対象は、薬物動態の研究のほか、ウェアラブル酸素センサーなどの新しい領域もあります。創薬からウェアラブルセンサーまで、医療分野のさまざまな用途でディープラーニングモデルを装置上で直接使用でき、先端コンピューティングの進歩を追い求めることにわくわくしています。

Q:とっておきの研究テーマを1つ挙げるとしたら何ですか?または現在取り組まれている一番の課題は何ですか?

A:私の研究で繰り返し出てくるテーマは、「見えないもの」の視覚化と定量化だと言えます。私が常に興味を持っているのは、通常は隠れているか手が届かない情報をつかむことです。職業的な好奇心みたいなものですね。チームの仲間と私はこれらのパラメーターを得るための方法、ツール、センサーを共に作り、組織内の酸素濃度、標的に届く薬剤の量、治療中の細胞の状態などを定量化できるよう取り組んでいます。

Q:隠れた「目に見えない」情報を追い求めるようになったきっかけは何ですか?

A:博士課程時代に、コヒーレントラマンイメージングの難しい問題である、CARS顕微鏡観察における非共鳴寄与の抑制に取り組みました。CARSイメージングは、この化学的に非特異な寄与を受け、生物学と医学での応用の大きな障壁となっていました。

このバックグラウンドを識別して排除できると推測した1つの方法が、位相の使用でした。非共鳴寄与は数学的に「実数(real)」である一方で、化学的に特異な共鳴寄与は数学的には「実数」と「虚数(imaginary)」の寄与があります。私たちは、この2つの成分を分離し(特にCARSフィールドの虚数成分)、干渉分光法を通して非共鳴寄与を抑制する方法を見つけました。すると、Sunney研究室の学生だったBrian Saarがからかって、私が「虚数(imaginary)を実数(real)にした」と言ったんです。これまで仕事を続ける中で、それをとても気に入って心に刻みました。

Q:研究を通して、この先何を探求したいと考えていらっしゃいますか?そのことに顕微鏡観察はどのように結びついていますか?

A:学びたいことはたくさんあります。臨床医と毎日密接に研究する刺激的でやりがいのある面の1つは、医学と生物学の知らないことや分からないことに出会い、果てしなく謙虚になれることです。解決すべき問題は無限にあります。光化学とフォトニクスという、2つの補完的なツールキットを活用して、人の健康と医学の問題の解決に注力し続けたいです。

顕微鏡観察は光化学とフォトニクスの交わる部分にあります。前者は分子のコントラストを提供します。後者は観察、検出、提供、定量化の手段を提供します。私にとって顕微鏡観察は研究の要です。組織であれ細胞であれ、時空間処理を直接理解する機会を与えてくれるからです。

薬理学やがん生物学での私たちの取り組みに見られるように、短期的・長期的な研究目標の多くは、顕微鏡技術の絶え間ない進歩によって動かされています。これらの利益は顕微鏡だけでなく、私たちの包帯やウェアラブルセンサーの研究にも及んでいます。製造方法や材料特性などの理解には、イメージングと顕微鏡観察に頼ることが多々あります。こうしたことから、顕微鏡観察は問題解決型の研究活動の中心的な資源となっています。

Q:研究の中で、多光子イメージングや共焦点イメージングをどのように使用していますか?

A:多光子イメージングは研究の主要な役割を担い、共焦点イメージングはそれを支える重要な役割を果たしていると言えます。研究の中心的ツールにしているコヒーレントラマンイメージングは多光子法の1つで、2光子、3光子イメージングの主な利点の多くを備えています。近赤外光励起、深部組織イメージング、自動深部切片法などです。私たちは、CARSと誘導ラマン散乱(SRS)というコヒーレントラマンイメージングを、生物医学研究ツールとして開発しました。ツールは現在、人への直接臨床応用の最前線にあります。

ラット座骨神経のCARS画像

例として、上の画像は、寒冷療法を受けたラットの坐骨神経から取得されたCARS画像を示しています。寒冷療法は、共同研究者であるMGHのLilit GaribyanさんとRox Andersonさんが開発している、痛みを和らげるための新しい治療法です。CARSイメージングシステムは、不飽和脂質のCH2対称伸縮に同調し、ミエリンの分布を明らかにしています。画像は、チームの特別研究員Isaac Pence博士が提供してくれました。また、Sara Moradi Tuchayi博士の協力がなければこの画像は取得できませんでした。

マウス皮膚のSRSイメージング

上の2つ目の例は、マウス皮膚の表面にエタノールを付加して投与したルキソリチニブ薬(緑色、SRSをニトリル振動バンドに対して調整)のSRS画像を示しています。マウス角質層の脂質の多い特性内に薬剤が蓄積されている様子が、CH2対称伸縮振動(赤色)に対して調整されたSRSを通して見ることができます。画像は、チームの元特別研究員Amin Feizpour博士が提供してくれました。

マウス皮膚のSRSイメージング

最後に、このSRS深部画像は、深度が色分けされたマウス皮膚内で取得されたものです。CH2対称伸縮振動に対して調整されたシステムによって、マウス皮膚内の脂質の多い独特な構造がさまざまな深度で見られます。画像はIsaac Pence博士による提供です。

Q:最新の発見があれば教えていただけますか?

A:今年は、私たちのチームの顕微鏡観察プログラムと検知研究の両方について、大きな節目になります。酸素検知ツールキットの人への初めての臨床研究をScience Advancesに発表し、現在は、この新しい検知プラットフォームの3件目となる人への臨床研究を実施しています。このツールを研究室のものから製品に結び付けるべく、新たに3M社との協力を開始しました。

顕微鏡観察に関しては、スパーススペクトルサンプリング誘導ラマン散乱(S4RS)という新しい手法を発表できたことが大きな喜びです。S4RSでは、長年コヒーレントラマンイメージングで直面してきた障壁の多くを克服できます。ラマンスペクトル全体を調整するのではなく、高速で調整可能なファイバーレーザーを使用して、特定のラマンバンドにジャンプします。これによって、ラマンスペクトル全体にわたり特定のスペクトルを高速かつ化学的に取得できるため、薬剤や代謝産物など幅広い分子種のイメージングと定量化への道が開かれます。これと並行して、私たちはこのシステムを使い、臨床用のコヒーレントラマンイメージングシステムを構築しました。今年、人に対する初めての研究が始まる予定です。

コロナ禍による困難な状況にもかかわらず、私のチームは技術を展開するために膨大な量の研究をこなしました。彼らが成し遂げたことをこの上なく誇りに思います。

Q:顕微鏡観察の次の革新はどのようなものになると思いますか?

A:私の考えでは、顕微鏡観察の大きな問題の1つは、皆が直面している大量のデータです。自動のマルチチャンネル顕微鏡は、大量のデータを収集することに優れています。私たちが開発したイメージングプロトコルでは、複数の染色剤、蛍光色素、スペクトルチャンネル、その他のデータポイントを、高速かつ効率的に収集できます。

しかし、これによってもたらされるのは、収集した大量のデータセットから実際の情報を抽出するという問題です。顕微鏡観察データは情報に富んでいます。5次元データセットを収集するのは比較的簡単ですが、このデータは空間、スペクトル、時間に関するものです。このようなデータを手動で分類できる場合もありますが、深い洞察や統計的な厳密さには、複雑な多次元データをコンピューター解析する必要があります。

次に来る顕微鏡観察の革命では、このビッグデータの問題が克服されると信じていますし、既に現実に起きています。データ視覚化、画像解析アルゴリズム、機械学習の進歩はすべて、中規模から大規模の顕微鏡データの問題に対処する中で大きな役割を果たしています。脳科学者による研究は、コネクトームや脳地図のプロジェクトで何が可能かを見せ、開発を先導していると思います。

ただしこれらのプログラムには、進歩を支えて動かしていく大勢の学際的な研究者、データサイエンティスト、プログラマーによる、多大な労力が必要です。現在のところ、このような人材は規模の小さい研究室では利用できません。研究者が顕微鏡観察を習得する従来の方法では、大量で複雑なイメージングデータセットの処理に必要なスキルが一般に教えられていないからです。この革命は既に起きていますが、顕微鏡観察に携わるすべての人に進歩をもたらすには、生徒や研究員へのトレーニング方法のほか、顕微鏡データへの向き合い方の新たな視点を持つことになるでしょう。

この革新が特に重要なのが、顕微鏡観察における将来の実用化です。マイクロスケールのイメージングは、病気の診断から個別治療まで、あらゆる場面でますます重要な役割を果たします。既に実現しているものとしては、Gary Tearney氏が開発した、in-situ診断向け顕微鏡対応の嚥下可能な「錠剤」、患者由来細胞のイメージングフローサイトメトリー解析、高スループットCAR-T細胞療法スクリーニングがあります。

こうした顕微鏡観察ベースのプラットフォームは患者向けの応用が拡大するにつれて、データの洪水は増す一方であり、大量のデータセットを制御し操ることがますます重要になるでしょう。

Kerry Israel

Kerry Israel

マーケティング・コミュニケーション、マネージャー

Kerry Israel氏は、Olympus Corporation of the AmericasのScientific Solutions Groupのライフサイエンスのマーケティングおよびコミュニケーションのマネージャーです。Brandeis Universityで文学士号を取得し、広告・ソーシャルメディア戦略からグラスルーツアウトリーチまで、マーケティングのすべての側面で15年を超える経験を有しています。