アプリケーションノート
CM20を用いたヒトiPS細胞株間の比較解析 第一弾:iPS細胞由来肝臓オルガノイドへの分化工程における観察的アプローチ
はじめに
iPS細胞は、細胞の分化や臓器の形成などの発生学に関する基礎研究から、さまざまな疾患に対する創薬・診断法開発の研究まで、幅広く用いられています。現在までに国内外において多数のiPS細胞株が樹立され、上記のような研究に活用されていますが、ひとくちにiPS細胞と言っても、分化能や増殖の速さなどの性質には株間で差があります。これまでも、この株間での差異が生じることは認知されていましたが、長期間にわたってインキュベーター内と同じ環境下で細胞培養の過程を定量的にモニタリングする手法がありませんでした。そのため、株間での差異が培養操作のバラつきによるものなのか、あるいは細胞株自体に起因しているものなのかを明確に判断することは非常に困難でした。また、iPS細胞から誘導した分化細胞の性質にバラつきが生じても、それが判明するのは培養が終了した段階であったため、手間や時間をかけて分化誘導した細胞でも、異常がある場合には処分しなければならないという事態が、iPS細胞を用いた研究の過程では多く発生します。このような背景から、iPS細胞を長期的にモニタリングし、分化誘導実験までの工程の品質管理やデータマネジメントを効率的に行う方法の開発は重要な課題と考えます。
CM20による培養データの定量解析
オリンパスのインキュベーションモニタリングシステムCM20を介した定量的な計測により、iPS細胞によるオルガノイド創出におけるバラつきの制御ポイントの解析や、多検体比較に基づく疾患ゲノム背景の解析手法の確立について検討していきます。今回の研究では、異なるドナーから樹立された12株のヒトiPS細胞を同一のプロセスで培養し、それぞれの細胞株の成長過程に関するデータをCM20で取得しました。
培養プロトコールの詳細説明
ヒトiPS細胞の維持培養は、StemFit AK02N培地(味の素株式会社)とプレートコート用マトリックスiMarix-511(株式会社マトリクソーム)を用いて、6ウェルプレート中でフィーダーフリー条件で行いました。ヒトiPS細胞の継代は、剝離液Accutaseを用いて単細胞化し、1.0-2.0 × 104 cells/wellになるように播種することで行い、Y-27632を添加したStemFit AK02N培地中で24時間培養しました。その後、Y-27632を含まないStemFit AK02N培地に交換し、2日に1回のペースで培地交換をしながら約1週間培養することで、ヒトiPS細胞を増殖させました(図1)。
図1 ヒトiPS細胞の培養方法
継代後1、4、7日目にCM20で取得したヒトiPS細胞の画像です。青色のエリアは、CM20に搭載されている自動コロニー認識機能によって認識された領域を示しています。
ヒトiPS細胞12株について、5~8回分の継代間における増殖過程をCM20で持続的にモニターしました(図2A、B)。これらのiPS細胞株は、同一のタイミングで培地交換および継代操作を実施しました。その結果、約30時間前後の倍加時間で各iPS細胞が増殖していたこと、さらに、iPS細胞株間で増殖スピードが少しずつ異なることがわかりました。また、モニターしたヒトiPS細胞株の中に、倍加時間が継代間でほぼ一定しているiPS細胞株(B株やC株など)が存在することがわかりました。これは、培地交換や継代操作などの培養プロセスが同様に施行されたことを裏付けています(図2C)。一方で、I株やJ株のように、継代ごとに示す倍加時間のバラつきが大きいiPS細胞株も確認されました(図2D)。これらの結果から、12のiPS細胞株間には増殖の安定性に関して異なる性質があると推測することができます。
A
B
C
D
図2 ヒトiPS細胞の維持培養における増殖状態の定量モニタリング
(A) CM20でモニタリングしているソフトウェア画面
(B) CM20でモニタリング中の1ウェル観察の様子。3時間ごとにウェル中の9視野の画像取得と、1日ごとにウェル全体の計測が自動で行われる
(C) 複数回実施した各継代における倍加時間をiPS細胞株ごとにプロットした。平均値±標準偏差(SD)を棒グラフで示す
(D) 各iPS細胞株における倍加時間のばらつきをSDで示した
定量解析に基づく考察
CM20を用いることで、細胞の増殖過程における定量的なデータの取得が可能になり、異なる細胞株の培養過程のデータを一定の基準で計測・比較することができます。同一の作業者が行う複数株の培養データだけでなく、異なる作業者が同一のプロセスで培養を行った場合にも、細胞の画像や成長度合いを比較することによって、プロセスが正しく行われていたかの確認をすることが可能です。
培養過程での細胞品質にバラつきが生じた際、これまでは個々の細胞株の性質の差異が原因なのか、あるいは作業者による培養プロセスのエラーが原因となっていたのか、明確に判断することが困難でした。特に、iPS細胞を用いた研究の多くにおいては、未分化なiPS細胞から目的の分化細胞を得るために長期間の作業を要するために、iPS細胞の維持培養で生じ得る変化が分化細胞の評価結果にどの程度影響を与えているかについては、従来の方法では測定できませんでした。定量的に計測された培養データを比較することにより、培養プロセスに問題があったのか、あるいは異常のある細胞を培養していたのかを見極めることが可能となり、効率的に品質の高い細胞培養を行うことができます。
オリンパスは今後も品質管理やデータマネジメントを効率的に行う方法の開発を目指し、CM20を用いた研究を継続していきます。
先生からのコメント
武部貴則教授(左)
米山鷹介助教(右)
東京医科歯科大学 統合研究機構
創生医学コンソーシアム 臓器発生・創生ユニット
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