顕微鏡で“見える化”する細胞の運命決定のメカニズム
京都大学生命科学研究科の青木一洋先生に、倒立型リサーチ顕微鏡IXplore™ IX85をお使いいただいた感想について伺いました。
青木先生は、細胞がどのように情報を処理し、適切な行動をとるかという、細胞の運命決定メカニズムに関する研究を行われています。
細胞の運命決定メカニズムの解明に焦点を当てる理由や今後の展望、研究における倒立型リサーチ顕微鏡IXplore™ IX85の有用性について、青木先生に伺いました。
青木 一洋 先生のご紹介青木一洋先生は大阪大学大学院医学系研究科で博士号を取得され、自然科学研究機構で研究と教育に従事された後、現在は京都大学大学院生命科学研究科で教授を務められています。青木博士の研究は細胞生物学とシステム生物学の融合領域にあり、特に、蛍光イメージング技術、光遺伝学、バイオセンサー技術を駆使した単一細胞レベルでの情報処理およびシグナル伝達動態の可視化と定量化に注力されています。
質問:現在力を入れている研究はどのような内容ですか?
青木先生:私は現在、細胞が温度や栄養などの外部環境からの多様な刺激をどのように受け取り、細胞内部で情報を処理し、分裂・分化・死といった「運命」を選ぶのかという、細胞運命決定メカニズムに注目して研究しています。
細胞は見た目が同じでも、それぞれに個性や不均一性があります。従来の研究方法では、約100万個の細胞を集めて溶かし、平均値を調べる手法が主流でした。しかし、この方法では細胞の個性を把握することは不可能でした。細胞の個性による違いを捉えるため、私たちは顕微鏡を使って一つ一つの細胞を観察しています。
「細胞の個性を見たい」という強い思いが私の原点であり今取り組んでいる方法は大変で手間もかかりますが、その思いが私自身のモチベーションになって研究を続けています。
質問:細胞の運命決定のメカニズムの研究に力を入れているのはなぜですか?
青木先生:もともと私はがんのシグナル伝達に興味があり、細胞内で起こっているがんのシグナル伝達経路をコンピューター上で再構築しようとしていました。実験とコンピューターシミュレーションを組み合わせることで、予測と検証を行っていたのですが、細胞の表現型、つまり細胞が実際にどのように振る舞うかを観察しようとしたところ、一つのコンピューターシミュレーションモデルだけでは説明しきれない部分が多くあることが分かりました。
同じ条件下でも、分裂する細胞としない細胞がいたり、動く細胞もあれば動かない細胞もあります。がんが浸潤する細胞といっても、実際には一つ一つの細胞にがんが浸潤するのではなく、集団で移動して浸潤転移するパターンが多いです。細胞の個性、集団としてどう動くのか?誰がリーダーで誰がフォロワーなのか?このような疑問について顕微鏡イメージングを使って観察したい、研究したいという思いが強くなっていった結果、細胞の運命決定メカニズムに関心を持つようになりました。
青木一洋教授(京都大学大学院生命科学研究科)。
質問:顕微鏡を使って実験をするときに、大切にされていることはありますか?
青木先生:細胞の個性や不均一性は、顕微鏡で直接見てみないと分かりません。だからこそ、細胞一つ一つを丁寧に顕微鏡で観察することを大切にしています。
膨大で根気のいる作業になってくる場合もありますので、顕微鏡の使いやすさも非常に重要です。性能ももちろん重要ですが、自分たちたちのスタイルに合った配置やソフトウェアのユーザーインターフェースなど直感的に操作できることも重要視しています。
青木一洋博士は、IXplore IX85倒立顕微鏡を使用して、細胞運命決定のメカニズムを研究しています。
質問:新しい倒立顕微鏡IXplore IX85™が先生の実験で有効だった点をお聞かせください。
青木先生:IXplore IX85は視野が広く、一度に多くの細胞を観察できるため、スループットが向上すると感じました。従来は視野の中心部分しかイメージングすることができなかったため、効率も情報量も今とは比べ物になりませんでした。広視野で高解像度の画像データを一度に取得できるのは、顕微鏡を使った研究においては非常に有効です。
培養されたHeLa*細胞の蛍光像。FN26.5、FN22、FN18の視野。
*HeLa細胞の起源について詳しくは henriettalacksfoundation.org をご覧ください。
また、画像貼り合わせ時のシェーディング補正(インテリジェントシェーディング補正)機能も有用な機能です。培養した上皮細胞に人工的な傷をつけて修復の過程を観察する実験を行う際、これまでは数十枚の画像を手動で撮影し、それらを貼り合わせる必要がありました。その際、画像の周辺部で光量が低下し、貼り合わせた際にムラが生じ、手作業で補正する必要がありました。IX85は自動的に視野のムラを補正してくれるため、大きなサンプルや組織を扱う研究者にとってはかなり大きなメリットだと思います。
マウスの脳の切片の蛍光画像。
左:元の連結画像。右:インテリジェント シェーディング補正を適用した連結画像。
サンプルはEnCor Biotechnology Inc.より提供されました。
これらの点に加えて、画質面でもこの顕微鏡は非常に優れていると感じました。蛍光の発現が弱いがんのオルガノイドでも、取得した画像に3Dデコンボリューションをかけることで、細胞内の凝集体をしっかりと可視化することができました。暗い蛍光サンプルからここまで情報を引き出せるようになることに驚きました。
ヒト大腸がん患者由来のオルガノイド(GFP)。
左:オリジナル画像。右:3Dデコンボリューション後
画像提供元:青木一洋先生。
質問:シリコーンゲルパッドを採用した対物レンズLUPLAPO25XSについて、どのような点が実験の役に立ちましたでしょうか?
青木先生:25倍の倍率を持つ対物レンズは、私たちが普段研究しているがんオルガノイドやシストという球状構造体の観察に適しています。さらに、長いワーキングディスタンス(WD)と標本との屈折率ミスマッチを抑得ることができる設計により、従来は観察できなかったサンプル深部までクリアに観察できるため、非常に有用な対物レンズです。
さらに、シリコーンゲルパッドは、オイルを使わないイマージョンのため、顕微鏡イメージング実験において大きな利点になると思います。たとえば、96ウェルプレートでサンプルを探す場合、オルガノイドやシストなどのような球状の構造体はウェルのどこにあるのかがわかりにくいため、まず低倍率で探索し、次に高倍率で観察するというフローが求められます。高倍率の油浸対物レンズを使用する際は、オイルのふき取りや滴下の作業に加え、泡が入るリスクもあるため慎重な取り扱いが求められます。一方で、シリコーンゲルパッドを用いる場合はサンプルを汚すことなく低倍率から高倍率へスムーズに切り替えて観察が開始できるので、一連のワークフローがかなり効率化されていくと思います。
シリコーンゲルパッド技術を採用したEvidentのLUPLAPO25XS対物レンズ。
ドライ(左)とシリコーンゲルパッド(右)の対物レンズは簡単に切り替えることができます。
質問:研究や実験に関する展望をお聞かせください。
免責事項:本インタビューでの意見や発言は、研究者個人のものであり、必ずしもエビデントの見解や主張を反映するものではありません。本記事で紹介されている製品および技術は、研究用途のみに使用されることを目的としており、臨床または診断用途向けには設計されていません。