ホワイトペーパー(白書)
グラディエントコントラスト法のご紹介
1. はじめに
16世紀の光学顕微鏡の発明以来、光学顕微鏡は微生物や赤血球の発見など、生物学の研究に大きく貢献してきました。19世紀には、標本染色技術が発展し、透明な構造物に色をつけることで生体標本でも観察が可能になりました。ただし、生細胞を染色することは容易ではありませんでした。20世紀以降、位相差観察法などの非染色でも透明な生体標本を見る方法が開発され、今日の生物学の研究においても不可欠な観察手法となっています。
2. 位相可視化法の種類
ここでは、非染色で透明な物体を見るための一般的な位相可視化法を、それぞれの光学素子配置を図1に示して簡単に説明します。従来の位相差観察法は、コンデンサー瞳と対物レンズ瞳にそれぞれ特定の光学素子を配置することで実現しています。
位相差観察法(図1a)は、輪帯開口を持つ専用のコンデンサーレンズと輪帯位相膜を持つ専用の対物レンズを組み合わせて用います。コンデンサーの輪帯開口を通過した光線のうち、対物レンズ瞳において標本を直進したものは相膜を透過します。一方、標本で屈折した光線は位相膜の外側を透過するため、2つの成分が干渉する部分に明暗のコントラストが発生します。このプロセスの特徴として、標本内の屈折率分布が変化する段差部分にハローと呼ばれる光の滲みがつくことがあります。厚い標本は、このハローが強く現れるため不向きです。
微分干渉観察法(図1b)は、コンデンサー瞳と対物レンズ瞳の位置に相補的なウォラストンプリズムを配置した偏光型シアリング干渉計です。標本像は一定方向にわずかにずれた二重像となり、標本の屈折率段差部分に影がついて立体的に見えるようになります。偏光干渉を利用するため、光路中にプラスチックシャーレやその他の光学ひずみを生じるものがあると観察はできません。
変調コントラスト観察法(図1c)は、コンデンサー瞳のスリット開口を用いて光線を一方向に制限します。光線を誘導すると標本での直進成分は灰色に見える一方、屈折成分は対物レンズモジュレーターにより屈折方向に応じて変化します。光の部分を透過するか遮蔽することで、微分干渉観察法と同様の立体的な像が得られます。偏光を使用していないため、プラスチックシャーレなどのプラスチック容器も用いることができます。ただし、この方法では、照明ビームの方向を制限することで開口数(NA)が小さくなることから、解像度がやや低下します。
図1. 各種位相差観察法の光学配置
各種位相差観察法の必要な光学配置。
a.位相差観察法、b.微分干渉顕微鏡法、c. 変調コントラスト法、d.グラディエントコントラスト法。
3. グラディエントコントラスト法
グラディエントコントラスト法(図1d)は、微分干渉観察法と同様に、疑似的な立体像を生成することが特徴です。その他の位相差観察法では、無染色標本にコントラストを生成するために複数の光学成分を必要とする一方、グラディエントコントラストは、グラディエントNDフィルターを対物レンズ瞳に挿入するだけで実現することができです。
グラディエントコントラスト法の原理
対物レンズの瞳位置に挿入されたグラディエントNDフィルターは、透過率が一つの方向に単調に減少しています。対物レンズの瞳位置に投影されるコンデンサーレンズの開口径は、対物レンズ瞳径と比較してある程度小さくなっています。標本の屈折率分布が平らな場所では、コンデンサーレンズの開口像は対物レンズ瞳の中心位置に投影され、グラディエントNDフィルターの中心付近の透過率の影響を受けます(図2a)。標本の屈折率分布に傾きがあると、コンデンサーレンズの開口像はグラディエントNDフィルターの中心からずれるため、標本位置で光線が屈折すると、グラディエントNDフィルターにより全体の透過率が変化します(図2bおよびc)。これにより、標本の屈折率の傾きに応じた明るさで結像され、標本の屈折率分布が立体的に見えます(図2d)。
コンデンサーレンズの開口は開口絞りで調整することができます。比較的大きい場合は標本の屈折率の傾きによる明るさの変化が不十分であることがあります。そのため、撮像素子で撮像した画像を強調処理し、見やすいコントラストで表示します。
図2. グラディエントコントラスト法の原理説明図
グラディエントコントラスト法による位相物体の明暗コントラストの原理を説明したもの。
a.標本の位相分布が平らな場所では光線は直進し、グラディエントNDフィルターの中央付近を透過します。
b, c.標本の位相分布に傾きがある場合は光線が屈折し、傾きの方向によりグラディエントNDフィルターの明るい部分(b)または暗い部分(c)を透過します。
d. 観察像は、標本の位相分布の傾斜の向きに応じて明暗のコントラストがついて観察されます。
グラディエントコントラスト法の特長
グラディエントコントラスト法による位相画像には、従来の位相差観察法と比べて多くの利点があります。グラディエントコントラスト法は、位相差観察法と異なりハローが発生しないため、熱い標本にも適用することができます。微分干渉観察法と異なり偏光を用いないので、ブラスチックシャーレ内の標本でも疑似的な立体像をきれいに生成することができます。更に、照明のNAが他の方法より大きいので、水滴の付いたシャーレのフタを通しても影響を受けにくいです。さらに、変調コントラスト法で遮蔽素子を用いることで生じる解像の劣化を防ぐことができます。また専用の対物レンズや対物レンズ変換時の素子切替が不要なため、観察がより迅速かつ簡単になることも実用的な利点です。
表1. 観察法の比較
グラディエントコントラスト法の光学構成
APX100ベンチトップイメージングシステムの光学構成を図3に示します。光が光学経路を通じて標本に照射され、撮像面で結像します。
グラディエントNDフィルターを対物レンズ瞳位置と共役する位置に配置します。システムがグラディエントコントラスト法に設定されている場合にのみ、フィルターは光学経路に入ります。コンデンサーの開口径は、倍率と対物レンズの瞳径に応じて、最適径に自動的に調節されます。
図3. グラディエントコントラスト法による非染色標本観察のためのAPEXVIEW™ APX100ベンチトップイメージングシステムの光学構
グラディエントコントラストアプリケーション
以下は、容器1と2に入れたHela細胞を10倍対物レンズで観察し、先述の4つの観察法を用いて撮像し、得られた画像を比較したものです。
- ガラスボトムディッシュ ※プラスチックの上蓋を被せている
- 12ウェルマイクロプレート ※被せているプラスチックの上蓋に水滴が付着している
結果の比較:
- グラディエントコントラスト法の画像は、位相差観察法および変調コントラスト法の画像と同程度です。微分干渉観察法の画像では、プラスチック蓋により偏光性能が低下するため、コントラストが低くなります。
- 他の観察法と比較して、グラディエントコントラスト画像は視野がより均一でコントラストが良好です。照明のNAは他の観察法よりも大きく、容器内の標本や水滴上の異物による影響を受けにくくなります。
4.まとめ
グラディエントコントラスト法は位相対物観察法であり、単一のグラディエントNDフィルターを対物レンズ瞳に追加するだけのシンプルな光学構成を使用しています。透明な生体標本を染色なしで観察することができる観察法です。従来の位相対物観察法と比べて、グラディエントコントラスト法には以下のような利点があります。
- 厚い標本の観察が可能
- プラスチックシャーレ内の標本にも使用可能
- シャーレの蓋をしたまま観察を行うことができるため、培養細胞へのコンタミネーションのリスクを低減できる
- 専用の対物レンズは不要
- 対物レンズ変換時の素子の切替が不要
著者

林真市

風間至弘
林真市、Evident 研究開発部門 先進光学・生物工学 先進光学2
風間至弘、Evident 研究開発部門 光学開発 光学開発2