創薬現場で活きるMPSを
筑波大学・伊藤弓弦教授が語る、MPSの社会実装に向けた取り組みとイメージング技術が支えるロバスト性
Introduction
創薬研究において、ヒトの生理機能を模倣する生体模倣システム(Microphysiological System, 以降MPS)は、動物実験に代わる次世代の評価手法としてグローバルで注目の技術です。筑波大学の伊藤弓弦教授は、MPSの開発に加え、製薬企業などユーザー環境での活用を前提とした評価システムの実用化にも取り組んでいます。本インタビューでは、伊藤先生がMPS研究に注目する理由、社会実装に向けた課題、そして顕微鏡観察の意義とその貢献についてお話を伺いました。
About Professor Yuzuru Ito
伊藤 弓弦 教授
筑波大学 生命環境系 教授。2020年11月に着任。再生医療基盤技術や創薬支援技術の社会実装について、様々な共同プロジェクトに参画し、研究を進めている。AMED(日本医療研究開発機構)テーマ「製品化戦略に基づいた、国産MPSによる創薬プラットフォームの実証研究」では研究代表を務め、さらにISO(国際標準化機構)のエキスパートとしても活動。国内外のMPS研究推進において中心的な役割を担っている。
現在、力を入れている研究はどのようなものですか?
伊藤教授: MPSの社会実装に向けた具体的なアプリケーション提案に注力しています。実用化を見据える上では、製薬企業の研究部門などユーザー環境でも同様に動作する堅牢なシステム、すなわちロバスト性が求められます。また、再現性の高いプロトコルの提供は、社会実装において最重要課題であり、ユーザーが“使ってみたい”と思えるような明確な用途提案も不可欠です。そのため、多様なヒトモデル細胞や用途に対応できる柔軟性を追求し、実用性の高い評価系の確立を目指しています。
具体的な事例として、Fluid3D-XⓇ(東京応化工業株式会社)にヒトiPS細胞由来の小腸上皮細胞を播種した腸管MPSがあります。このモデルは、薬物輸送体や代謝酵素の発現がヒト腸管に近く、ヒトでの薬の吸収挙動を模倣する上で高い再現性を示します。腸管の内腔側と血管側を想定した上下2つの流路とそれを隔てる多孔膜を有し、培養条件を柔軟に設定できる点も特徴です。
小腸上皮細胞を用いたMPSの活用事例について詳しく教えてください
伊藤教授: 創薬研究の初期段階では、候補化合物の吸収性や代謝特性を正確に評価することが重要です。しかし、従来のCaco-2細胞※1や動物モデルでは、酵素発現パターンの違いやヒトとの種差により、ヒト腸管での薬物吸収を正確に予測することが困難でした。特に、代謝酵素や薬物トランスポーターの発現パターンに大きな差があるため、ヒト生体内での挙動を見誤るリスクがあります。
そこで、よりヒトに近い細胞モデルである小腸上皮細胞と、MPS技術を組み合わせることで、吸収性や代謝を高精度に評価できる新たなプラットフォームの構築を目指しました。結果として、Fluid3D-XⓇでは、薬物トランスポーター機能や代謝酵素活性が確認され、ヒト腸管での吸収を模倣できる有望なin vitroモデルであることが示されました。創薬初期の候補化合物選定や薬物動態研究において、実用的な評価系として活用できると考えています。
※1 Caco-2細胞:ヒト結腸癌由来の細胞株で、培養すると小腸上皮細胞に似た単層の細胞層を形成する性質を持つ。in vitroでの腸管吸収モデルとして、特に薬物動態研究や食品成分の研究に広く利用されている。
APEXVIEW APX100ベンチトップイメージングシステム(APX100)はどのように役立っていますか?
伊藤教授: MPSの構築と評価において、イメージングはプロトコルのテキスト情報だけでは伝わらない構造や状態を可視化でき、ロバスト性の確立に大きく貢献します。
MPSは用途に応じて多様な形状を有しており、観察位置の特定や撮影条件の調整が煩雑になりがちです。本研究のMPSでは、培養条件を管腔側(上部)流路へ培地導入をするか否かで、液液界面と気液界面の環境を再現しました。気液界面培養を進めることで、細胞はより安定して分化し、流路内に単層構造を形成します。しかしながら、培養エリアを1視野ずつ移動しながら観察する方法では時間がかかり、細胞に不要なストレスを与える可能性があります。
APX100ベンチトップイメージングシステムでMPS全体を俯瞰するマクロ画像を取得し、シームレスに貼り合わせ画像の場所探索および生成することで、培養エリアの効率的な画像取得が可能となりました。培地交換時に細胞形状を確認する作業でも、観察場所を探す手間が軽減され、作業効率が向上しています。
APEXVIEW APX100ベンチトップイメージングシステム
最近では、MPSに搭載される細胞が立体的な構造をもつケースが増えています。これは、臓器の構造や機能をよりリアルに再現したいというニーズの高まりが背景にあります。また、培養作業の自動化を見据えて、独自仕様ではなく、一般的なウェルプレートと同サイズ(ANSI/SBS規格)に対応したMPSも多く開発されています(Fig3)。
APX100には、立体構造の観察に適した長作動距離レンズが複数ラインナップされており、撮像位置や焦点の調整がしやすく、高品質なイメージングが可能です。顕微鏡観察が困難である立体構造を明瞭に捉えることができるため、MPSの設計自由度を高めるうえで大きな助けとなります。
こうした観察機能は、MPSを設計・製造する側にとっても、実際に使用する研究者にとっても、研究の幅を広げる技術的基盤になると感じています。APX100は、マクロからミクロまで一貫した観察を可能にする装置として、日々の研究活動を支えてくれています。
APX100に搭載したマクロレンズで撮影したMPSの全体像例
通常最大3つのMPSをプラスチック容器に並列設置し、赤枠部分(上部と下部流路が面する直線部分)を画像貼り合せ設定機能を用いて画像取得している。本画像ではCaco-2細胞を用いた培養例を示す。
APXで観察した直線流路の画像。
左: 液液界面培養を行った細胞層の画像
右: 気液界面培養を行った細胞層の画像
気液界面培養条件では小腸上皮細胞がより均一に基材に接着・単層を形成しており、腸管上皮モデルとしての基本的な構造が再現されていることが確認できた。
Fluid3D-XⓇの層構造
本MPSは複数層構造を有しており、更に培養時にはプラスチック容器に設置する仕様のため、観察面までの距離がより長くなる。そのため、観察には長作動距離対物レンズが欠かせない。
将来の研究をどのように見通していますか?
伊藤教授: 今後は、腸管MPSをはじめとしたさまざまな臓器モデルの薬物吸収評価系をさらに改良し、製薬企業を中心に、大学や研究機関など多様な現場での導入を見据えたアプリケーション開発を進めていきたいと考えています。また、その過程で開発された要素技術に関しては、積極的に国際標準化を目指していく予定です。特に、再現性とロバスト性を備えたシステムの構築は、MPSの普及と社会実装において不可欠です。MPSがヒトの生理機能を模倣する手段として有効であることを、細胞構造やタンパク質の局在など多角的な観点から妥当性を示すことは重要であり、APX100をはじめとするイメージング技術との連携は、今後ますます価値を持つと感じています。
免責事項: 本インタビューでの意見や発言は、研究者個人のものであり、必ずしもエビデントの見解や主張を反映するものではありません。本記事で紹介されている製品および技術は、研究用途のみに使用されることを目的としており、臨床または診断用途向けには設計されていません。
References
Imaoka, Tomoki and Ito, Yuzuru, et al. 2024. “Development of a Novel Gut Microphysiological System That Facilitates Assessment of Drug Absorption Kinetics in Gut.” Scientific Reports 14, Article 29921.
Featured Products
APX100
ベンチトップイメージングシステム
APEXVIEW APX100ベンチトップイメージングシステムは、高画質の顕微鏡画像をすぐ簡単に取得できます。独自の光学系、直感的なユーザーインターフェース、強力なAI、一連のスマート機能で構築されたAPX100システムは、オールインワン顕微鏡の使いやすさと高画質データを同時に実現し、研究ニーズに応えます。
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